説目

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2024年8月31日土曜日

2024 山小屋修理 報告

1990年化学科卒 太田克矢

 8/15(木) ~ 18(日)で山小屋修理を実施しました。
ご参加くださった皆様、お力添えを有難うございました。

【参加者(敬称略)】
中村久志、原田、水嶋、太田、北島、宮崎慎也、村岡、渡邉



【作業内容】
  • 草刈り
  • 布団乾燥
  • シーツの洗濯、乾燥
  • 水源清掃
  • ハンギングバー(ハンガーパイプ)の取付
  • 小屋の敷地進入路面の泥濘(ぬかるみ)対処
  • 木製ラウンド丸椅子(1940年製)の修理(座面離脱) 
  • 送水ホース水漏れ(小屋側)修理(パッキンゴム交換のみ)
  • 虫よけ燻蒸(退去時)
【備品購入】
  • ふとん乾燥機(1台)
  • 六角軸電ドルミニポンプ
  • 水源のプール栓用六角ナット
【寄贈品(寄贈者)】
  • 電気ホットプレート(中村)
  • バッテリー充電器・コードリール(中村)
【今後の検討課題】
  • ふとん乾燥機用の袋
  • 冷凍冷蔵庫(1995年9月購入)の冷蔵室が8℃までしか冷えない(SR-11NJ:幅476 奥行503高さ1134mm, この高さで限界,80+26L)投稿時の代替候補品:アイリスオーヤマIRJD-9A(幅47.2 奥行45.0高さ86.0cm,93L)
  • 水源排水管の腐食問題
8/15(木)
 台風7号の関東への接近で移動が懸念されたこともあり、昼には水島先輩(幹事)が最初に到着し、23時頃までには計7名が小屋入りした。前日まで、水源からの送水が停止しているとの情報があったが、水は流れており小屋前の水槽は満水状態であった。ただし、送水量の速度は例年より明らかに遅く、20~30%程度の様に思えた。原因として水源から水槽までのホース内にエアや砂の混入などが考えられた。情報を到着したメンバーで共有しつつ、各々就寝。

8/16(金)
 心配された台風は東に経路がずれ、曇り時々晴れという具合であった。若者4名(北島、宮崎、村岡、渡邉)は白馬大池にトレッキングに出発した。小屋に居残った中村先輩、水嶋先輩、太田の3人の爺さん’S(以下、G3)は、翌日の修理に先立ち、小屋周りの草刈りを行った。この他、「1F収納BOX(東側)前の天板にハンガーを吊るせる箇所が欲しい」という私のリクエストがあった。このため、G3で猛烈な検証を行い、部材をバラで購入・設置した(中村さんのポール利用案を採用)。とてもいい仕上がりであった♪(アルバム写真参照)。ただし、若者にはすぐに気が付いてもらえなかった(笑)。まあ、目障りにならないいい位置に設置できたためと推察しよう。夕食は水島先輩が調理と音頭をとってくださりとても美味しかった。酒も加わり楽しい晩餐であった。

8/17(土)
 8時過ぎから原田先輩も来てくださり、水源の清掃に7名で向かった。水源でプールされている水を抜いたが土砂は例年よりも少なかった。若者4名を中心に土砂を除去後、再び満水にし、小屋前の水槽で待機している中村先輩に電話で確認したが、送水量の速度に改善は見られなかった。なお、当初に計画していた水源でのドリルポンプによる流水量改善の試行は行わなかった(水源水圧の方がポンプ圧より高そうであったため)。また、水源の排水管が著しく腐食して末端が円形となっておらず、木栓で塞いでも相当量の水漏れがあった。この他、布団の乾燥やシーツの洗濯・乾燥、椅子の修理などを行った。中でも敷地進入路面のぬかるみ部分は、若者らの提案でレンガを埋設する対処を行った。いずれも彼らの活躍は大きく頼もしかった。
 夕食も渡邉くんが中心となって調理してくれ、私の家庭菜園で持て余していた野菜(ジャガイモ16、玉ねぎ8、ミニトマト50個位)を奇麗に使ってくれた。ポトフの味がとても素敵だった。この夜も宮崎くんが差し入れてくれた日本酒をはじめ、お酒も楽しませていただいた。あっ、日本酒は前日だったかも(笑)。ボランティア活動でこの夜に先に小屋を出た北島くんの電動冷蔵クーラーボックスもとても便利だった。ビールは冷たいに限る♪
8/18(日)
 お盆終わりの渋滞を避けるため若者3名は先に小屋を発った。この際も出発前に小屋内の片づけをさっさとしてくれた。黙々と作業をする村岡くんをはじめ、皆さんのテキパキさに感心させられた。彼らの日常の活躍を期待しつつ見送った後、G3で小屋を戸締りしバルサンを仕掛けたのち帰路についた。

 私も57歳、小屋も57歳、どちらも修理が必要だが、皆さんと過ごせたことが私の心の修理になっています。ありがとうございました。

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谷川岳雪上訓練報告

2017年 物理学科卒 江藤 開

 5月3日〜5月5日に谷川岳雪上訓練に参加してきました。
しばらく途切れていた伝統行事でしたが、現役の希望のもとで数年ぶりの開催となりました。

【参加者(敬称略・順不同)】
現役:   近喰、齋藤、北條
理岳会会員:原田、江藤

5月3日(金)晴れ
 世間はGWであるが、個人的には土日に仕事が入るかどうかというところだったので、参加できるかは直前まで確定せずご迷惑をおかけした。
 日中の仕事を終わらせ、出先のコインロッカーにデポした荷物を持って土合に向かう。高崎まで新幹線で移動し、駅そばを吸い込んで上越線に乗り換えると、ちょうど終電で土合入りする予定の現役と合流できた。残念ながら参加予定だった高木さんは体調不良でお休みとのことだった。
 私が現役時代よりずっと新しくなった電車に揺られることしばらく、今の現役にとっては初めての土合の地下ホームに着く。最近地下ホーム事務室で熟成されているという地ビールを横目に486段登る。地上までの階段を登り切ったところで、既に車で到着していた原田さんが待っていてくださった。
 ところで土合の駅だが、待合室は駅カフェに、駅前にはグランピング施設と、様変わりしていて驚いた。どうやらコロナ禍明けに整備されたようである。
こうして参加者が全員そろったところでこの日は休み、明日からの行動に備えた。

5月4日(土)晴れ
 事前の情報によると、例年に比べてかなり雪が少なく、稜線上はほとんど雪が融けているとのことであった。はたして雪上訓練をするだけの雪が残っているのか、沢は増水していないのかという不安を抱えての出発であった。6時半頃土合駅を出る。
 幸い、沢の水量はそこまで多くなく、登山靴のまま渡ることができた。天気も良好で、歩いていると汗ばむくらいである。緑が大変美しい。しかしながら、進めど進めど雪が見当たらない。自分が大学1年生の時の雪訓が吹雪いて寒かったことを思い出すと、この雪の無さは驚きである。結局残雪を踏むことのないまま巡視小屋まで到着した。
 雪が残っていないため、地面に直接テントを設営し、荷造りをしてから雪訓に向かう。だが、茂倉沢はごうごうと水が流れているのが見え、とてもではないが歩いていけない。この時点で嫌な予感はしていたが、一縷の望みをかけて夏道を旧道に向けて登り始める。さすがにここまで登って来れば所々雪は残っているものの、茂倉沢出合までたどり着いて唖然とした。あまりにも雪渓が薄く、これ以上進むことは無理であった。しかたがないので、旧道の脇に残った雪の斜面を使って、こじんまりと雪訓をやることにした。
 現役のうち、北條君は1月の天狗岳に一緒に行っていたので、雪山経験があった。今の現役には、少しずつスキルアップして、より難易度の高い登山に挑戦したいという気持ちがある。まずは基本からキックステップ・トラバース・ピッケルワークなどを練習していく。小さな斜面なのですぐにぐずぐずになってしまったが、お昼過ぎまで雪と戯れた。
 昼食は行動食の心づもりであったが、現役はちゃっかりバーナーとコッヘルを持参してきており、お湯を沸かしてインスタント食を作っていた。何というか、ガッツを感じた。
 午後は雪渓上で使えるザイルワークを学び、確保と制動を練習した。あまり距離がないので迫力は出ない。一応ひととおり内容はこなしたが、全体的には物足りなさを禁じ得ない。今後雪上訓練を開催するとしたら、時期を早めるか、場所を変えるかを考えなければならないかもしれない。
 野営地まで戻ると、原田さんの冷やしてくださっていたビールを飲みつつ、夕食前のおやつタイムとなった。私は治一郎のバウムクーヘンを持参した。本当はホールケーキでも持たせてあげようかとも考えたが、現役の人数も少ないし、気温も高く痛みそうなので自重した。近喰君はビンでウィスキーを持ってきており、ふんだんにふるまってくれた。齋藤君は料理風景の撮影に余念がない。しばしとりとめもない話しつつ、晩飯までゆっくりとした。
 晩飯は現役お手製の野菜たっぷりの鶏鍋だった。山にきて野菜と肉が摂れるとやはりうれしい。大変美味しくいただいた。最近の現役は、米は飯盒炊飯ではなくもっぱらアルファ米ということで驚いたが、現代の技術もあって、違和感はなかった。

5月3日(日)晴れ
 朝食は今も変わらぬマルタイの棒ラーメンで昨日の残りを平らげた。
さて、本来の予定であれば山頂を目指すところだが、雪もなく目的を失ったので、午前中は周辺の地形を使ってロープワークにいそしむこととなった。原田さんは関越が混む前にということで、朝一で出発された。
 残ったメンバーで、まず基本的な懸垂下降とプルージックを使った登り返しの練習をしたり、木を登る為のロープシステムを考えながら遊んだりして過ごす。
昼前には撤収を済ませ、いよいよ帰路につくことになる。しかしここで一つ誤算があった。土合駅12:42発の電車に乗るつもりでいたのだが、マチガ沢を超えたあたりで、どうも間に合わなさそうだ、という声が聞こえてきた。今思えばバスという手段も考えられたのだが、若者に囲まれて私も若くなった気になっていた。次の電車が3時間後となるのは嫌だということで、気がつけば全員で走っていた。果たして、土合駅まで駆け上がり、無事目当ての電車に乗ることができた。一生懸命走った後の最高の笑顔は是非写真でご覧に入れたい。
 その後だが、せっかく時間を巻くことができたので、現役には温泉でゆっくり疲れをとることを勧め、水上で別れた。こうして過去一番雪がない(?)雪上訓練が幕を閉じた。
残念ながら形だけの雪訓とはなったが、情勢により途切れていた伝統とノウハウの伝承が少しずつ行われるようになったことは喜ばしい事だと思う。現役世代からも山への意欲の高さが感じられ、我々OBとしてもそれに応えていきたいところである。

 最近、現役では沢登りなどをしたいという気持ちもあるようである。監督でありながら情けないことに、私にはその手のスキルがないので、ぜひ専門性の高い諸先輩方にもお力添えいただけると幸いです。

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